令和八年四月五日、
尾張国小牧山ニ於テ桜祭催サレ、其ノ余興トシテ小牧長久手チャンバラ合戦行ワル。

小牧武道館ノ小児精鋭、羽柴秀吉軍(黄)ニ属シテ参陣ス。其ノ面々、年若キト雖モ気概鋭ク、三度ノ戦ニ臨ミ、二勝一敗ノ功ヲ挙ゲ、軍ヲ勝利ニ導ケリ。

其ノ働キ、実ニ目覚マシ。
或ハ刀ヲ携エテ果断ニ突入シ、或ハ草陰ニ身ヲ潜メ、敵ノ虚ヲ衝キテ奇襲ヲ成功セシ者モアリ。
是等ノ策、巧ミニシテ、敵軍、遂ニ壊滅寸前ニ追イ込マレタリ。

後ニ語リ伝エラルル所ニ曰ク、「小牧武道館ノ若武者共、齢少ナキト雖モ武勇群ヲ抜キ、戦国ノ世ニ在リシ兵(つわもの)ノ如シ」

令和8年4月5日
小牧山桜まつり 小牧長久手チャンバラ合戦に
小牧武道館小学生の精鋭部隊で参加しました。

羽柴秀吉軍(黄色)についた小牧武道館精鋭部隊は一人一人の活躍もあり、3戦2勝1敗で勝利をおさめました。

果敢に攻める姿や隠密に実行された攻撃は敵軍を窮地に追い込みました。


